千利休は切腹していなかった

千利休は秀吉の怒りを買い、切腹させられたいわれる。
だが実は、利休は切腹しておらず、九州まで逃げ延びていたいう説がある。文教大学の中村修也教授(日本茶道史)によると、
利休が切腹させられたという従来の根拠になっているのは、表千家4代の「江岑宗左(こうしんそうさ)」が1653年に紀州徳川家に提出した「千利休由緒書」。
年代など間違いが多く、一次資料としては信頼できないという。
一次資料には利休と秀吉が茶の湯を巡って対立したとの記録は無い。『利休を切腹させたことにして、政権から追放した』というのが本当のところではないかという。
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by 52678 | 2018-05-18 08:45 | 話題