登戸の丸山教

1870年(川崎市多摩区)の登戸村の伊藤六郎兵衛が病気の妻の回復を祈り、信仰に専念する。明治期に東日本で勢力を誇った教団の丸山教である。
富士山ー太陽神を根本神とし、この世界の万物は、その分身として生まれ、人間は尊く貴重な存在だと考えた。人間の平穏と幸福こそが理想郷だと説いた。

丸山教の信者は農村不況が深刻な地域で増えた。神奈川、静岡、長野を中心に50を超える教会ができ、信徒総数は138万人となった。
しかし、財産をすべて寄進するといった行為が社会的な指弾を浴びた。そして、94年に六郎兵衛が亡くなり、しだいに強勢が陰り始めた。現在1万人程。
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by 52678 | 2018-04-27 06:20 | 話題