北条早雲の偶像化

鎌倉大日記。明応4年、北条早雲が小田原城を攻略したとの記述がある。しかし、近年刷新されている。
当時の書状の研究で、明応5年の段階で大森氏が依然、小田原城主の地位にあったことが確認された。早雲が小田原を手中した年月は特定できていない。

早雲は岡山の出身で、若い時の名前は伊勢盛時と判明した。室町幕府で将軍の近くに勤めたエリートであった。
伊勢宗瑞と名乗り、その後に出家して早雲庵と称したという生涯も確実になった。性を伊勢から北条に改めたのは子の氏綱の代だ。

戦国の英雄象のほとんどは作り話。その時代の人が納得できる姿で描かれた。
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by 52678 | 2018-03-20 08:47 | 話題